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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4448号 判決 1973年3月09日

原告

津森陸

被告

文萬才

ほか二名

主文

一  被告らは各自原告に対し金六二八万六二二一円およびこれに対する昭和四六年六月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告らは各自原告に対し金一五六〇万八一一二円およびこれに対する昭和四六年六月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二原告の請求原因

一(事故の発生)

原告は次の交通事故により傷害を受けた。

(1)  発生日時 昭和四四年七月二四日午前八時五〇分頃

(2)  発生場所 東京都豊島区南長崎一丁目四番八号先交差点

(3)  第一加害車(以下甲車という)

普通貨物自動車(練馬四ね四七四三号)

右運転者 訴外谷口茂

(4)  第二加害車(以下乙車という)

普通貨物自動車(練馬四ら一八四五号)

右運転者 被告深渡正志

(5)  被害者 原告(交差点角に佇立中)

(6)  態様 右交差点で甲車と乙車とが出合頭に衝突し、甲車が右前方向に進行して、同交差点角に立つていた原告に衝突し、その場に転倒させた。

二(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により本件事故により原告が蒙つた後記受傷損害を賠償する責任がある。

(一)  被告渡辺建設株式会社(以下被告会社という)

被告会社は乙車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条の責任がある。

(二)  被告文萬才(以下被告文という)

被告文は甲車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条の責任がある。

(三)  被告深渡正志(以下被告深渡という)

乙車の運転者である被告深渡は、左右の見通しのきかない本件交差点に進入するに当り、左右を確認せず漫然と進行した過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条の責任がある。

三(損害)

原告は本件事故により、肝破裂を伴う腹部打撲傷、頭部打撲傷及び頸部挫傷、尺骨々折を伴う右前腕部挫傷の傷害をうけ、事故当日の昭和四四年七月二四日から同年一二月二七日まで一五七日間松原外科医院に入院し、翌日から昭和四五年九月三〇日まで実日数一六九日間にわたり同医院に通院して治療を受けたが、なお頭部打撲、頸部挫傷の後遺症として、第三頸椎の骨上り、頭痛、頭重、肩こり、感情不安定、性欲減退、集中力減退、全身倦怠感等精神および神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務に服することができない状態にあり(自賠法施行令別表後遺障害等級第七級四号該当)、かつ、右尺骨々折の後遺症として右手指の用を廃し(同第八級四号該当)、右後遺症は総合して同六級に相当する。

右受傷による損害額は以下のとおりである。

(一)  休業損害 金二四九万四六三二円

原告は昭和四三年七月より家庭電気製品小売商を営み、同四四年一月より事故前日までの事業収入は一一七万二六八二円で、これより算出した一日あたりの収入は五、七四八円であるところ、前記受傷のため昭和四四年七月二四日から同四五年九月三〇日まで右収入を得られなかつた。その価額は二四九万四六三二円となる。

(二)  逸失利益 金一二〇七万四七三一円

原告は事故当時満五〇才の健康な男子で、本件事故がなければなお一一年間右と同程度の収入をあげうべかりしところ、前記後遺症のため軽易な労務以外の労務に服することができなくなり、このため六七パーセントの労働能力を喪失した。そこで年別ホフマン式計算によつて年五分の割合による中間利息を控除し、もつて右逸失利益の現価を求めると、次の算式のとおり一二〇七万四七三一円となる。

五七四八円×三六五×〇・六七×八・五九〇=一二〇七万三七三一円

(三)  慰藉料 金三五〇万円

治療期間中のもの一〇〇万円、後遺症に対するもの二五〇万円の合計である。

(四)  一部弁済 金三七一万円

原告は本件事故に基づく損害賠償の一部として、被告文から六一万円、被告会社から一〇万円、自賠責保険から三〇〇万円の支払を受けた。

(五)  弁護士費用 金一二四万八七四九円

以上により、原告は被告ら各自に対し一四三五万九三六三円を請求しうるところ、被告らが任意に支払わないので、原告代理人に訴訟提起を委任し、着手金として金一〇万円を支払い、報酬は認容額の八パーセントとする旨約束した。よつて弁護士費用の合計額は一二四万八七四九円となる。

四 結論

よつて原告は被告ら各自に対し以上合計金一五六〇万八一一二円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四六年六月五日より完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  被告会社および被告深渡の答弁

請求原因第一項の事実は認める。

同第二項(一)、(三)の事実は認める。

同第三項の事実中、原告の本件事故による受傷名、入・通院の経過および程度、原告が総合して自賠法施行令別表後遺障害等級六級に相当する後遺症を残したことは認める。但し右後遺症は、右手指の全部の用廃により第七級七号、むちうち後遺症として第一二級一二号の併合によるものである。そして原告の職業との対比上、右による労働能力喪失の程度は四〇パーセント程度とみるのが相当である。また同項(四)の弁済は認める。その余の事実は不知。

二  被告文の答弁

1  請求原因第一項の事実は認める。

2  同第二項(二)の事実は認める。

3  同第三項の事実中、原告の受傷名は認めるが、その余は全て争う。

なお同項(四)中被告文の弁済は認めるが、金額は後に主張するとおりである。

第四被告らの抗弁

被告文は、原告に対し、本件損害賠償の一部として六八万円を支払つた。

第五抗弁に対する原告の答弁

認める。

第六証拠関係〔略〕

理由

請求原因第一項(事故の発生)、同第二項(責任原因)の事実はいずれも当事者間に争いがない。そうすると、被告会社および被告文はともに自賠法三条により、被告深渡は民法七〇九条により、各自、原告が本件事故によつて受けた受傷損害を賠償する責任がある。

そこで、被告らの賠償すべき損害について判断するのに、まず、原告が本件事故により、肝破裂を伴う腹部打撲傷、頭部打撲傷及び頸部挫傷、尺骨骨折を伴う右前腕部挫傷の傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、またその治療のため、事故当日の昭和四四年七月二四日から同年一二月二七日まで松原外科医院に入院し、翌日から昭和四五年九月三〇日まで実日数一六九日間にわたり同医院に通院したが、なお綜合して自賠法施行令別表後遺障害等級六級に相当する後遺症を残したことは、原告と被告会社および被告深渡との間で争いがなく、被告文との間では〔証拠略〕により認めることができる。そして右後遺症の内容は、右各書証と原告本人の供述により、右手指の用廃と鞭打損傷に伴う神経症状であつて、前者は後遺障害等級第七級七号即ち右手指の用を癈したものに該当するが、現在では小さい物に限つて握ることは可能であることが認められ、後者については、担当医師の診断によれば第七級四号に該当するとされ、自賠責保険の査定では第一二級一二号に該当するものと判断されたことが認められるところ、当裁判所としては、〔証拠略〕に記載されたその症状の具体的内容、原告本人の供述により窺われるその現状の程度および原告本人の供述態度等を綜合して、本件口頭弁論終結時におけるその程度は、神経系統の機能に障害を残し、服することのできる労務が相当程度に制限されるもの、即ち第九級一四号程度に該当するものと判断する。もつともこの種の症状は経験則上時の経過によつてある程度改善されることが多いものであるし、また右九級と七級との差は、主として服することのできる労務の制限により区別されるところ、本人がどの程度の労務に服しうるかは、症状が一定であつてもそれに対する本人の順応度に関連するところが大きいから、〔証拠略〕によつて、原告の前記治療終了の頃には、その就労できる労務が軽易な労務に限定されたであろうことは肯認できるが、現状ではそこまでの制限はないものと判断されるのである。

そこで右受傷による損害の数額につき検討する。

(一)  原告の稼働能力の評価

原告本人の供述によれば、原告は昭和四三年六月以来、個人で家庭電化製品の小売販売業を営んで収入を得ていたこと、その業態は、自宅を営業所とし、一定の顧客層をもつていて、外交と電話による注文を受け、その都度仕入先に連絡して商品を顧客先に納入させ、顧客には原則として現金正価で販売し、仕入価格は商品毎に仕入先と接触して定め、その間のマージンを利益としていたこと、営業上原告本人のするアフターサービスが相当重要な比重を占めていたこと、原告は使用人を使わず、ほとんど一人で右営業に当つていたものの、外出が多いため、原告の妻が留守中の電話受け、電話連絡などの協力をすることが欠かせなかつたことがいずれも認められる。

そして、〔証拠略〕を綜合して、原告の休業損害および後遺症による逸失利益を算定する基礎としての原告の将来の稼働能力評価額として、年間一二〇万円程度を認めるのが相当と判断する。その理由は以下のとおりである。

右各証拠によれば、原告の昭和四四年(但し稼働期間は事故に遭う同年七月まで)の所得税申告上の所得金額は一一七万二六八二円であつたこと(これによれば年間を通じての収入は概ね原告主張の程度と推計される)、同期間の粗利益が一四八万〇五九二円であつたこと、従つて右申告上の経費率は約二一パーセントであること、事故前一年間に遡ると、その粗利益は二二一万円余であり、これに右申告上の経費率を適用すると純益は一七五万円余と推計されることがいずれも認められる。しかしながら右のような推計から直ちに原告の将来の稼働能力を評価するのは、次の諸点から必ずしも妥当でない。即ち、右申告額は、事故後相当の休業期間を経た後の申告であるから、他に的確な裏付けのない限りそれ自体必ずしも十分な信憑性を有するものとは認め難い。その算出基礎のうち、粗利益額の点では、前出第三ないし第六号証各証による一応の裏付けがあるけれども、その経費率については、これを裏付けるに足りる的確な証拠はないのであり、原告本人の供述によればほとんど経費がかからない如くであるけれども、電話代のほか、右営業形態に鑑み交際費やアフターサービス、その他顧客に対するサービスの経費が無視しうるものとは考え難いし、また、〔証拠略〕により認められるそれ以前の所得申告額と(職種が異るから同じレベルで比較しえないことは当然にもせよ)あまりに段差が大き過ぎる。また前認定のとおり右営業には妻の少なかざる協力が寄与しているのであり、原告本人の供述によれば現に妻は本件事故後他に勤めて収入を得ている(労働能力を他に転用している)のであるから、妻の寄与分相当額を控除して原告の稼働能力を評価しなければならない。〔証拠略〕により認められる粗利益の推移よりすると、原告の営業は開業以来漸次発展してきているようであるが、前認定のとおり一定の顧客層に依存する業態に鑑み、開業後一、二年は最も業績の昇びる時期であつて、一定の時期に頭打ちになる可能性も考えられるし、さらにはまた、事故以来将来にわたつての電化製品の一般的な販売機構の変遷や購買層の意識の変化等がこのような業態に及ぼす影響も考慮しなければならない。前認定のとおり原告は現金正価販売を原則としていたところ、このような業態において現金正価での小売り営業が成り立ちうること自体当裁判所としては必ずしも十分に納得しえないのであるが、それはともかくとして、原告本人の供述によれば、本件事故後に小売店での値引き販売が一般的になつたというのであるから、そうとすればこのことが原告の営業に重大な影響を及ぼさずにはおかないであろう。

以上のような諸事情を綜合的に勘案すると、原告の将来の稼働能力評価額としては、前記事故前一年間の粗利益の概ね六割程度に相当する年額一二〇万円をもつて相当と判断されるのである。

(二)  休業損害 金一四二万六八四九円

〔証拠略〕によれば、原告は右受傷のため事故当日から治療を終える昭和四五年九月三〇日まで(一年および六九日間)全く仕事ができなかつたことが認められる。よつてその休業損害は、別紙計算書(1)式のとおり一四二万六八四九円と算定される。

(三)  後遺症による逸失利益 金五五三万九三七二円

〔証拠略〕によれば、原告は大正七年一二月五日生れで昭和四五年九月三〇日当時満五一歳であることが認められるから、本件事故がなければ而後なお一一年間は前認定の稼働能力を有したものと推認されるところ、前認定の後遺症の程度とその推移、前示のとおり神経症状は今後さらに改善される可能性があり、また手指の用癈についても漸次これに順応することが考えられること、原告本人の供述によれば原告は現在なお就労していないが、一定の資金があれば業態を変えて営業を再開する意欲と能力が残されていると認められること、その他右後遺症と原告の業種との関連を綜合判断して、後遺症による原告の稼働能力喪失の程度は、右時期以後三年間は六七パーセント、その後の期間は通じて五〇パーセント程度と認めるのが相当と判断する。

よつて、ライプニツツ計算により年五分の中間利益を控除して逸失利益現価を求めると、別紙計算書(2)式のとおり五五三万九三七二円と算定される。

(四)  慰藉料 金二六〇万円

前認定の受傷の部位・程度、治療の経過、後遺症の部位・程度、本件事故態様(加害両車の衝突により路傍の原告を受傷させたものであること)等諸般の事情に鑑み、金二六〇万円をもつて慰藉するのが相当と認める。

(五)  一部弁済

原告が右受傷に基づく損害賠償の一部として、被告文から六八万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがなく、被告会社から一〇万円、自賠責保険から三〇〇万円の弁済を受けたことは原告の自陳するところであるから、右合計三七八万円を以上損害から控除する。

(六)  弁護士費用 金五〇万円

以上により原告は被告ら各自に対し合計五七八万六二二一円を請求しうべかりしところ、被告らが任意にこれを支払わないため原告訴訟代理人に訴訟提起を委任し、着手金一〇万円を支払い、報酬を認容額の八パーセントとする旨約したことは弁論の全趣旨により認められるところ、右認容額、その支払約束の時期、本件審理の経過等に照らし、本件事故と因果関係ある弁護士費用損害としての事故時現価相当額は五〇万円をもつて相当と認める。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、以上合計金六二八万六二二一円およびこれに対する訴状送達の翌日であること訴訟上明らかな昭和四六年六月五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浜崎恭生)

別紙 計算書

(1)

(2) 120万円×0.67×2.7232=218万9452円

120万円×0.5×(8.3064-2.7232)=334万9920円

218万9452円+334万9920円=553万9372円

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